古いガラスの記憶#4 雨の水飴瓶

掘り出し時に「こんな大きいものが完品で埋まっているわけがない」という、未熟な頃の固定観念で口を傷つけてしまったこの大瓶、どうやらかつての水飴の瓶だったようです。

気泡がすごい。時間の止まった大雨のようだ。

雨のような気泡の降り注ぐこの大瓶は、ふと眺めれば真夏の暑い日さえ、心に一瞬の驟雨(しゅうう=にわか雨)を呼び起こし、どこか心を涼やかに落ち着いたものにしてくれます。

正面より。雨が降り注いでいる。
斜めより。気泡の多いこの時代にもかかわらず、足の部分も空洞になっている繊細な造りをしている。

基本的に、完品でなければ飾らない考えの私は、それでも何か強く惹きつけられる魅力をこの瓶に感じており、気がつけば「保留のものを置いておくテーブル」にずっと安置したままになっているのでした。
そして、しばしば手に取って眺めたり、青空に透かして気泡の雨を想像したりと、ついついしてしまう。そんな魅力的な瓶なのです。

コバルト

投稿者: コバルト

とある南の国で、今はガラスを探しています。海や山で獲物を追ったり、ビーチコーミングしたり、何か作ったりしてます。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です