やっと晴れた一日

いや、何というかやっと晴れて、天気予報からも雨マークが消えましたね。
折しもこの日は早朝から神社の清掃だったので、朝から頑張って来ました。
ついでに、どうにもハケてそうな場所も何箇所か。

あやしい・・・

その後、家に戻って何をすべきかちょっと考えたのだけれども、何と言っても除草だろう。前回除草してからほぼずっと雨で、雨でもしたたかに伸びる雑草は、すでに以前の除草作業を完全に無かったことにしかねない勢いで庭を覆いつくしている。ついでに、伸びすぎた何本かの植木も剪定した。
汗びっしょりになりながらそんな作業をしていると、近所の方から有難い野菜の差し入れが!ありがとうございます!
「これだけ降ってまた草刈りだと、やる気出すの大変だよね」との事。
うん、完全に同意。

どうにかこうにか自宅周りを終え、ついでに蜂の巣も撤去して、次に向かったのは畑だけれど・・・

そこには絶望が広がっていた・・・

何もしない間に草ボーボーである。いや~豊かな土壌ですね。
実際に歩いてみると思いのほか広い。だいたいどうやっていくかはイメージが決まったものの、雑草と面積にちょっとたじろぐ。
しかし・・・

歩くたびに足が良く沈む。とても良い土なのだとわかり、すぐに楽しみの方が上回ってきた。
ここは明日から手を付けよう・・・。

そして午後。

やはり水没するガレ場

かつてはここに古代文明が存在したんじゃよ

しかし、今回は流れができているので、天気予報さえ悪くなければこっちのものである。ホースでサイホンを仕込み、ついでに観光客の方と話してガレ場を後にした。

夕方からは、とあるビーチの廃タイヤの数量や大きさの把握をするべく、ビーチコーミングを兼ねた実態調査へ。

これは動画で。

久しぶりに海辺を歩けて幸せだったものの、一方で実際は大変な量の大型タイヤが放置されていて困惑してしまった。
経験を活かせば片付ける方法は見えてくるが、問題はその費用だ。さて・・・?
とりあえず、今回調査しようと思っていた距離の残りを調べてしまい、この区間の放置タイヤの全容を把握したら、何か手段を考えようと思う。

・・・と、久々の晴れでかなり飛ばした一日でした。

では、また!

ボトルディギングって?その楽しさと魅力

今更ながら、とても基本的な話を。

YouTubeなどで動画を見て、「楽しい!」と思ってくれた方の中には、「ねえ、ボトルディギングって何ぞや?」と思った方も少なからずいると思うので、今回は基本中の基本として、私が認識している範囲でだけど、「ボトルディギングとは何ぞや?」という点について書こうと思う。

「ボトルディギング」これは本来の英語で書くと「Bottle(瓶) Digging(掘る)」というわけで、「瓶掘り」の事だ。

では、どんな瓶を掘るのだろうか?多くの場合は、「昔のガラス瓶」という事になる。

このボトルディギングという趣味では先駆者たる平成ボトルクラブさんと、さらに「ボトルドクター」庄司太一先生の仰っている「ジャパニーズ・ボトルディギング」の根本となる考え方は、

「一度、役目を終えたガラスビンに、もう一度新たな光を当てる事」

との事で、私もそうだろうなと思っている。

古いガラスには言葉にはできない魅力があり、さらに資料も少ない。掘り出して、光を当て、その魅力の根源が何かと思いをはせつつ、心に揺蕩うガラスの波を呼び起こしてもいいし、当時の人々の生活を想像したり、その瓶の用途を推理して突き止めていくなど、光を当てた後の楽しみ方は人により違う。もちろん、すべて楽しむ人もいるだろう。
そんな奥深さのある瓶を・・・本来は廃棄され永遠に失われたり、忘れられたままになるはずの瓶を、もう一度探し出して掘り出し、手に取ってみる。

そんな趣味である。

・・・と、「らしい」話は置いといても、昔のガラスの諸々は、波長の合う人にはたいそう美しく魅力的に感じられ、それを集めるのが単純に楽しい。それでいいじゃないか!とも思うんだけどね(笑)。

実際、この趣味は人類共通に近く、あちこちの国で瓶を掘っている人々がいる。今この瞬間も、どこかで誰かが掘っているはずなのだ。私もInstagramやYouTubeに画像や動画を載せていると、サハリンの日本の瓶マニアのディガーさんと情報交換する事になったり、何とタスマニアのボトルディガーさんと動画をシェアして楽しんだりと、「言葉は無くとも、わかる」といった交流ができている。

つまり、どういうわけかわからないが、なぜか楽しいと思う人が多く、また実際にとても楽しい趣味なのだ。

ガラスの歴史も、何と4000年前のメソポタミアまでさかのぼれるし、 それ以前には火山ガラスや鉱物におそらく魅力を感じていた人類は、それに似たものを自分たちが創り出せた時、とても感動したに違いない。案外、ガラスに対して人が呼び起こされる感情は、とてもプライマル(原始的)なものなのかもしれないね。

そして、「なんで、昔の瓶なんて?」と思った人が、ボトルディギングという言葉を知ってしばらくして、「とても楽しい・楽しそう!」と思ってくれたら幸いだなと思う。

では、また!

火事を消した話と、実際の恐ろしさ

今回は予定を変更して「夜話」ジャンルの話を書きます。
Twitterでもなんでも、アニメ制作会社に起きた理不尽な火災のニュースほぼ一色なので、今回は実際の火事に遭遇して火を消した話を書こうかと思う。


今から10年前のある冬の午後、アパートのインターホンが何やら普通じゃない雰囲気でピンポンピンポンと鳴る。何事かと思って出てみると、

「上の住人です。火事を出しちゃったので今すぐ逃げて下さい!」

・・・は?・・・え?・・・火事だとちょっと待て!
実はこの日、ある用事があって自分も家族も在宅だった。出かける10分ほど前のことである。また、火事になれば寒い季節に二階に派手に放水されたら、一階の我々の部屋と生活は大変なダメージを受ける。

冗談じゃねぇ!

自分のペースを乱されるのが何より嫌いな自分は、この上の階の住人に聞いた。

わし「火事の様子は?」
二階の住人(以下、二階)「ま、まだボヤです!」

ボヤだと?

わし「消火器は?ここはあちこち設置されてるけど」
二階「つ、使い方がわかりません!」

は?なんやこいつ男か?男なら誰だって一度は学校の消火器をぶっ放してみたくて、防災訓練そっちのけで使い方は分かってるもんだろう?使った事なくても誰もがピストルの撃ち方を知っている気になる感じだろう?
・・・といった事を高速で考えていた。急いで一階の通路を確認すると、消火器は四つ設置してある。おそらく二階もだろう。一部屋程度のボヤなら消せなくはない。急いで二階に上がった。

わし「部屋はどこ?」
二階「入ってすぐ右の部屋です。暖房付けたまま寝てたら、椅子か何かに引火して」
わし「わかった!部屋入りますよ?」
二階「はい!」

こうして玄関を開けたのだが・・・

そこには闇が広がっていた

最初は、意味が分からなかった。昼間なのに玄関を開けたら暗黒の空間だったのだ。

わし「何これ?ブレーカーおちたの?照明は?」
二階「ついてると思います。何も見えなかったんです。出るのも必死で」

闇にギリギリまで近づいたら、天井にオレンジ色の頼りない光がぼんやり見えた。小学校などでさんざん見た、「火事になったら煙の下を移動する」が、まったくなまぬるくて正確な想定でないと思い知らされた瞬間だった。

煙の中ではない、暗黒の中を移動するのだ。

ここで初めて、火事で人がどう死ぬかリアルに想像できた。この暗黒にまかれてパニックになり、出口も分からない間に大量の煙を吸って死んでしまうのだ。

わし(なんてこった、みんなこいつにやられたのか・・・)

映画などで登場人物が次々と謎の死を遂げていき、最後にその元凶を見つけて対峙するような、そんな気持ちが沸き上がる。
そして、消せるのは自分しかいない。そしてたぶん消せる。なぜか?
長時間息を止めるのも得意だったからだ。

消火器入れから消火器を取り出し、ピンを抜く。そして最大限呼吸を整え、深く息を吸い、闇の中へ突入。入ってすぐに右の部屋の入り口をくぐると、椅子のような物が燃えているシルエットがぼんやりと浮かび上がる。
ノズルを向けて消火器を発射する。
産廃の処理や蹴ったボールがぶつかって公民館の消火器を発動させて怒られた時とは違う、出来れば避けるべき正当な理由での消火器の使用。
天敵の出現に火はあっという間に勢いをなくし、ほぼ消えてしまったが、ダッシュで外に出て呼吸を整えると、もう一本の消火器を持って再突入し、ダメ押しで火元全体に満遍なく消火剤を振りかける。

・・・火は?外に出て、消火器を置き、再び呼吸を整えて確認に入ったが、もうどこにも火は見えない。やったらしい。そして、けたたましくサイレンが鳴って、フル装備の消防隊員がぞろぞろと来た。非常に早くてとても優秀だと思った。
・・・が、言わなくてはならない事がある!

わし「すいません火は消したので水かける前に確認を!」
消防隊員A「消したんですか?あなたは」
わし「下の部屋の者だよ。消したと思うから水をかける前にちょっと見てみて!」

ここで、「放水ちょっと待って」と声がし、消防隊員が室内に入っていった。

消防隊員A「初期消火のようです」
消防隊員B(無線中)「えー、初期消火したようです。下の階の方のようで、はい」

署と無線で話しているようだ。
こうして、火は消え、放水は無くなった。私と家族の平穏はそれほど乱されずに済んだのである。
・・・が、

消防隊員A「あの、火元の住人の方知りませんか?」
わし「あれ?さっきまでここに・・・」
消防隊員C「煙を吸ってしまったとかで、自分で救急車を呼んで乗って行かれましたよ」
わし「・・・ああ、・・・そう」

ちょっとだけ微妙な空気が流れたが、あの煙では無理もないな、と思った。同時に、リアルな「煙の怖さ」を学べたのは良かった。人生で二度とあってほしくはないが、何かの時にこの暗黒の煙を知っているのといないのでは、冷静さと生存性が全く違ってくると思えたからだ。同時に、学校で学ぶ防災訓練は、煙を過小評価しているなぁ、とも思った。

消防隊員「あの、署から表彰されると思うので、差し支えなかったら住所とお名前を」

一瞬どうしようかと思ったものの、確か履歴書にも書ける事でもあるので、貰っておくことにした。表彰はその一ヶ月ほど後にされ、今でも賞状は箱入りで保管されている。私としては、平穏に過ごせたならそれで十分だったのだけれど。
のち、上の階の住人さんと物件の大家さんから、大量に贈り物をいただいた。火事になっても水をかけても大変なことになっていただろうしね。
火事自体は不幸な事だが、こんな結末の火事もある、ということで。

では、また!

ハケとガラスの探し方

最近、都市部で石蹴りや古いガラスを見つける人がしばしば現れて、とても嬉しい限り。
初期のボトルディガーさんたちの奮闘と、昔のガラスのあり得ない色合いや雰囲気から、「あんなもん本当にあるの?」とついついイメージが先行してしまいがちだけど、実際にはわりと最近まで、ほとんどの家庭でガラスや陶器を自宅で処理するしかなかった(ここテストに出ますよ!)んだよね。
なので、少し広い庭のある家なら敷地のどこかに埋めていたに違いないのだ。
これが少し田舎の方になると、複数の家庭で一つ所にまとめて埋めたり、集落で場所を決めて捨てていたりしていたんだよね(いわゆる大ハケ)。

つまり、都市部なら古い家のあった場所は全て少しずつならガラスの出る可能性があるということ。
ただし、大ハケなどを期待するのは難しい。そして大ハケを探すならどうしても田舎の方が有利になるだろう。
では、そういったハケ(かつてのガラスの捨て場)を探すコツはあるのだろうか?ざっくりとだが、ある。

自分がその家や集落の住人だったとしたら、処理できないゴミをどこに埋める・捨てるか?を良く想像する事。

ここで、以前話した、「世界の解像度」がとても重要になってくる。
例えば都会の空き地だったら、おそらく玄関や大通りに近い側には捨てないだろう。では玄関はどちら側なのか?陶片やガラス片が分かりやすく導入として集中して落ちていればいいけど、満遍なく散らばっている場合ももちろんある。ここで、昔の家の形や玄関の場所などを想定できるとだいぶ捗る。

地域によっては、「氏神様の後ろ」をゴミ捨て場にしていたり、不浄なものを全て水回りと同じ方向に埋めたり、とかね。

で、田舎の方でガラスを探す場合は、やっぱり中規模や大規模な大ハケを探して掘るのが醍醐味になって来るだろう。でもこれは、実は絞り込みがそう難しくはなくなってきている。
Googleマップなどのお陰なんだよね。慣れてくると「この辺に捨て場があったと思うんだよなぁ・・・」みたいに、次第に場所が絞れてくる。
あとは実地で探してみるのが一番。「そんなところに?」ってなるかもしれないけど、本来は隠したいものだったはずだから、「そんなところに」ある事も多いんだよね。
現在掘っている「ガレ場のハケ」もそう。周囲にしばしば古いガラスは落ちていたけれど、大岩でゴロゴロと埋め立てられているガレ場に、繊細なガラスがあんなにも眠っているなんて自分だって想像してなかった。「ガラスが出るんじゃないかな?」と目星をつけて掘ってはみたけれど、最初は「無いと確信出来ればそれで良し」くらいの気持ちで掘り始めていたからね。
動画でも言っているけれど、「無いかもしれない」ではなく「あるかもしれない」と思って探し続ける事こそが、一番大事なのかもしれない。

では、また!

古いガラスの記憶#18 美しいラムネ瓶

今回はこれ!最近心をがっちりキャッチして離さない、古いラムネの瓶。Instagramとは違う写真も混ぜてやっていきます。

美しい・・・

一度は「終わりかな?」と思ったガレ場のハケ、より深く深く掘り始めて二回目に出てきた大変なお宝。

こちらは裏面。

エンボス部分を拡大してみよう。

丸に十のエンボスの下は、「秋山製」
「安房北条」

正面のエンボスは屋号らしい印に、「安房北条」「秋山製」。Twitterのフォロワーさんの話では、館山市北条にこの名前の牛乳屋さんがあるとの事で、いずれ調べてみようと思う。エンボスがラムネを卸していた会社なのか、ガラスの会社なのか、はたまた両方なのか。

裏面のエンボス「非売品」売は昔の字体だね。

ここで、古いけれどもこのラムネ瓶から30~40年ほど後のラムネ瓶と比べてみよう。間に戦争を挟んでいた感じになる。

1950年代のものと思われる上段のラムネ瓶は、エンボス無し、濃い色、玉受けのくぼみが一対しかない、などの特徴の違いがある。

何より不思議に思うのは色。昔のラムネ瓶の色はいわゆるアクア色で、これがラムネ瓶の複雑な造形とエンボス、気泡と歪みの相乗効果で、このように光を浴びると大変な美しさになってしまう。どうしてラムネ瓶の色はこの色をやめてしまったんだろうか?
インスタグラムにも書いたけど、本当に「言う事なし!」の見事な瓶だ。

余談だけれど、実は古いラムネ瓶も探していたのに、上記の1950年代あたりのラムネ瓶を最後に、エンボスラムネ瓶や六角ラムネ瓶とも全く縁がなく、この瓶を掘り出した時はラムネ瓶なんて思いもしなかったので、「変わった瓶だな?」と思って引っこ抜いたらラムネ瓶で、とても驚いた。
しかし、実は抜いた時点では泥にまみれていたため、その時点でもそんなに期待していたわけではなかったんだよね。
ところが、洗い始めて泥を落としたら、瓶にエンボスの手触りがある!ここで、古くレアなラムネ瓶だと思い当たり、見てみたら色も綺麗。そして洗いあがって大興奮!という流れだった。
幾つかのタイプをすっ飛ばして、いきなりレアが飛び込んできた瞬間である。 

言う事なしの美しさ。家宝にしたいくらい。

余談だけど、このラムネ瓶を掘り出す前のディギングでは、やっぱり古いタイプの牛乳瓶も出てきている。機械栓の非常に古いタイプ。
ラムネ瓶も非売品で本来は返却しなくてはならないものだし、牛乳瓶もそう。
そんな物が残って出てきたのは、とても運が良かったとしか言いようがない。
締まった土と岩だらけになってきたガレ場のハケも、こういう物が出てくるので、頑張って掘った甲斐もあるというもの。あと数回で終わってしまう予定だけど、どんなお宝が残っているのか、とても楽しみになってくるね。


では、また!

探索で集められる話

Twitterでもしばしばつぶやいている事なんだけど、自分は本当におかしな場所で誰かと出会うんだよねぇ。しかもそれは、なぜか自分にとって貴重な情報ソースとなる話ばかり。
ガラスを探すようになってから、「何でここにこれが?」と思うようなガラスとの出会いが続き、それから、「この世は仮想現実かもしれない」としばしば夢想するんだけれど、ガラスのみならず人でもそう思う事がしばしばある。
ほぼ廃道となった林道の奥だったり、ほぼ日の落ちた海辺だったり、「何でここで?」と思うような場所やタイミングで本当に様々な人と出会い、面白い話が聞けたりする。

まるで、ゲームで何かのクエストを始めたら、そこにその会話をする人がポンと配置されたかのように、ね。
しかし、それでずいぶん貴重な話が聞けたのも事実で、地域の歴史、しきたり、禁忌、過去の話などなど、昔から話を集めている自分にとっては興味深い物ばかり。
探索する事は、ネットだけでは決して得られない生きた情報ソースを持つ人々と出会える意味もあり、とても大きいのかもしれない。

田舎にいた頃及び、現在の探索で集めた話のうち、公開しても問題無さそうなものは、いずれ動画やここでアップしていこうかな?と、ぼんやり考えていたりします。ジャンル的には「夜話」にでもなるんでしょうか?

では、また!

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古いガラスの記憶#17 トケイチウチウニッキ

それはおやつの時間、三時を指している。場所のせいかほんのり銀化しているね。

正面
裏面
側面は梨地仕上げになっている。

思えばガレ場を初めて掘った日は大変な引きで、この「トケイチウチウニッキ」と当たり矢の金平糖入れが同時に出たというすごい日だった。

平成ボトル倶楽部さんのブログにチラッと出ているほかは、あとはもう一人の方のブログに出てくるくらいの少ないニッキ水らしい。掘り出した時はその多いエンボスと独特な形にとても驚いたものである。
おそらく懐中時計を意識したであろうこのデザインは、おやつの時間に針が停まっており、数字も12,3,6,9はちゃんと刻まれていて、とても凝った造りになっている。

エンボスをクローズアップしてみよう。

「トケイチウチウニッキ」数字は上から時計回りに「12.3.6.9」
「イショートーロク」
「ミトヤ」

掘り出した人も少なく、多くのニッキ水のデザインと異なる、この円形で横広がりでエンボスの多い瓶は、おそらくは希少な部類のニッキ水と思って間違いなさそうで、当時このニッキ水を買ってもらった子は、きっとそれこそ懐中時計のように、大事にしたんじゃないかと思うのだ。
ボトルディガーとしても、次にいつ見つけられるかもわからないほどの物なので、ありがたく眺め続けていたいものだなぁと思う。

では、また!

古いガラスの記憶#16 フランスの薬瓶

6月の記事、「ガレ場はまだまだ終わらない」にて出てきたこの瓶が、今回の主役。

これね

フランスから海を渡ってきた、約100年前の瓶

重さもセンスも日本と違う!

さてこの瓶、「ガレ場のハケ」の資料的価値がとても高い瓶の一つなのは間違いないと思われます。色々調べた結果、100年ほど前のフランスから、日本に渡ってきた、何らかの薬瓶らしいからです。

特徴としては、どこか日本の瓶と異なるデザインと、ガラスが分厚くて重い事が挙げられるかと思います。同じ大きさと形の日本製の瓶があったとして、これは2.5倍から3倍ほど重く感じられます。この瓶に最初に感じた違和感の一つですね。

で、エンボスは全てアルファベットです。これを翻訳しようとしたらGoogle翻訳先生が「お前それたぶんフランス語やで?」と言って来たので、フランス語で訳してみたわけです。

RABORATOIRES
A.LUMIERE

RABORATOIRES (研究所)

A.LUMIERE (A.ルミエーレ)

つまり、「A.ルミエーレ研究所」とエンボスされている事になります。

底面には「45」のエンボス。45㏄かな?

以前の記事にも書きましたが、このエンボスの文章をそのままコピペして検索すると、フランスの古書がヒットします。
1927年にフランスはリヨンで発行された、「オーギュスト・ルミエーレ研究所年鑑・実験的生理学と薬力学について」 という、研究所の年鑑ですね。
つまり、 「A.ルミエーレ研究所」 のAはオーギュスト(Auguste)でほぼ間違いないでしょう。
これで、ほぼこの瓶はフランス製だな、と確信を持つに至ったわけです。

余談ですが、 オーギュスト(Auguste) はフランスにはわりと多い名前です。「考える人」の彫刻で有名なロダンは、オーギュスト・ロダンです。「尊厳」を意味する言葉であり、フランスだと、尊厳王(オーギュスト)と呼ばれたフィリップ二世が有名ですね。
他には、8月の英語読みオーガスト(August)の語源となったローマ初代皇帝アウグストゥス(尊厳者)が一番連想しやすいでしょうか。割と古い言葉ですね。
ちなみに、 ルミエーレ (LUMIERE)は、「光」を意味する単語です。
薬の研究者としてはなかなか良い名前ですね。
調べる価値のある、とても良い瓶です。

海を渡り、100年ほど眠ってから浴びる太陽はどうだい?

それにしてもさすがはオシャレの国、フランスです。この瓶は私の机前の、「特にお気に入り」ゾーンに既に仲間入りしています。他の瓶と並べていると特に映える良さがこの瓶にはあります。いずれはそんなたたずまいも紹介しようと思います。

では、また!

世界の解像度の話

梅雨の晴れ間にやっと身体を動かせたものの、身体は目覚めて妙に元気。かと言って、動画を編集したり、小説を書くほどの脳のリソースは無いんだよねぇ。
かと言って眠れないし。
というわけで、たまには自分が考えている事でも書き出しておこうかなと。
昨年の大みそかから今年の元旦にかけて、それから一か月くらい民俗学的なツイートがバズったりしたけど、あのツイートがあんなにバズるとは思ってなかった。

このツイート、民俗学的にはあくまでも解釈の一端や、何かに興味を持つきっかけ、何より、年末年始の長旅の時に少し気がまぎれるかな?と思ってツイートしたんだけど、思わぬ反響を呼んでしまった。

ただ、民俗学的な事にとどまらず、世界の解像度を上げていくと、様々な物が「そこにある意味」が存在している事に気付き、ただの散歩さえとても有意義な時間になっていく。これはとても重要な事で、これが多分知識の正しい使い方で、豊かって事になるんじゃないかなって思ってる。
さらに、自然を相手にしてしまうともう奥深くて止まらない。
ただの砂浜でも、潮の流れのせいで特定の場所にだけ変わったものが打ちあがるとか、同じ潮でも気圧で潮位が変わったり、そんな気圧の強さを体感して、「体調が変わるのも無理ないよなぁ」と考えるようになったり(余談だけど悪天候時と好天時の人の体表にかかる気圧は数百キロの差があり、影響はやはり馬鹿にならないと思われる)。

何の興味も持たなければ、世界はゲームの画面と同じテクスチャのように味気ないけれど、自分で知識と興味を持って注意深く見ると、驚くほどたくさんの情報で世界は出来ており、そんな世界が自分の目の前に広がっている、という事実は、現代社会でありがちな「悪い意味で自分に疑問を持つ」という陥りがちなネガティブ思考を打ち消してくれるようになる。
多分それが、知識の本来の使い方「人を自由にする」の一端なんじゃないかと思う。なんてね!

では、また!



やっと晴れた!

およそ十日間は雨戸閉めっぱなし、雨降りっぱなしで憂鬱もいい所でしたが、やっと晴れました。

でも秋の空のような?

しかし、何だか雨がすっかり大地を冷やしてしまったのか、トンボはたくさん飛んでいるし、空は霞たなびくし、どうも涼し気だ。まるで秋のようである。
いや、どうせ梅雨が明けたらとんでもなく暑くなるんだろうけれども。
で、

ガレ場は水没

真ん中に穴が開いてますねぇ。

分かっちゃいたけど見事に水没している。これをバッテリーポンプで全て汲むのは無理があるので、ポンプを使ってからすぐにサイホンに切り替え。

それでも、こんなに水圧がかかってる。一晩放置すればだいぶ良くなるかな?

帰りは引き潮だったのでビーチを良く見つつ歩いていると、

綺麗だねぇ

シー玉が落ちている。

正直、もう雨は要らないのでそろそろ梅雨が上がってくれないかなと思ってる。
やっぱりインドアは自分には向いてない。

予報は木曜日あたりからまた雨だけど、果たしてどうなるだろうね?

では、また!