ガラスの価値は?

本来、今日は古いガラスから、時間のある時にちょっと思索の入り口になる幾つかのテーマについて書こうかと思っていたのだけれど、よくある質問について考えをまとめてしまおうという事になった。

さすがにこれとかはタダではないだろうけど、そもそも手放す気はないしね・・・。

YouTubeでしばしば来る質問に、「お金にして価値は幾らなんですか?」というものがある。正直な話、実は自分でも全然わからないし、答えようがない。
すごく頑張って答えると、「基本的にはゼロ円。価値無し、ゴミと同じ」である。
その一方で、「これが欲しかったんです!」という人をガラス一つ一つについて丁寧に探して売却したとしたら・・・いや、やっぱりどうしても無粋な想像で、途端に味気なくなってしまうね。

私たちの日常は、資本と権威がまず一番有効とされる構造の社会の中で展開している。ついやってしまいがちな過ちだけれども、金銭的な価値を無理やり設定して、資本の価値観で古いガラスの価値を決めれば、それはもう趣味ではなくなってしまうし、希少さに権威主義的なものを持ち込んでしまっても、それもまた無粋で、趣味とは違ったものに変質してしまいかねない。

趣味とは何だろうか?

人によってその答えは違うし、楽しみ方も違っていい。ただ、少なくとも私は、お金の価値観や権威の価値観からも離れた位置で、ただガラスを見て満足していたい、というのが正直なところ。

だから価値は無く、また無限の価値でもあるのかもしれない。

先ほど述べた、日常を動かしている価値観・・・資本と権威だけでは、どうにも人は幸せになれると限らないようで、私なんかはその傾向がとても強い。
そんな私の心の中に広がる、星のない夜空のような空間を、なぜかこういった古いガラスがキラキラと満たしてくれる気がする。そして、それは少なくともお金では成しえなかったことだから、やっぱりお金に換算するのは何か違うのだろう。

そんなわけで、ガラスの価値や値段は、当の私にも答えようが無かったりする。ごめんね!

一応、今後ダブついてしまったコレクションに関しては、おそらくヤフオクに出すこともあるだろうけれど、基本的には1円でスタートしようと思ってる。好きな人が好きな値段をつける、という意味では、これほど公平な方法も無いものね。
そして、出来る限りはそんな事さえせずにトレードでもしようかな?というのが正直なところ。
それこそが趣味人じゃないかなと思う。

では、また。

水没、だから洗おう

先日の四日連続の雨は当たり前のようにガレ場のハケを水没させてしまった。
バッテリーが空になるまでポンプアップして、三日はかかりそう。で、今日は二日目なのだが・・・。

水没していますねぇ・・・

うん、掘るのは無理である。

というわけで、動画を撮りつつせっせと浸け置きの瓶やその他を洗いまくったよ!

実は画像が存在しない瓶が一つ紛れてますよ~。
夕方なので茶瓶の表情がうまく映らない・・・

明日も間違いなくポンプアップしないとダメだし、間に合わないようならきっと明日もガラス洗いだね。でも、そうこうしている間に次の雨の気配が・・・。
とりあえず、今後はもう、掘りにならない日でも雨が降った後は必ず排水しないとまずい状態になりそう。気を付けて作業しても、一日てドロまみれになってしまう。
もっとも、掘っている私自身は、既に博物館クラスの瓶が出たりして、もうそんな状態になっても構わないで掘り続けるだろうけれども。

大きめの瓶、拡大。
小さなものを横から。

そして、瓶もこうして洗わないと次に進まない。せっかくだから洗って洗って・・・次はコレクションの棚を造らないとといけないかもしれない。
単純に木を切って組むだけでなく、アクリル板やガラス板を使用して、落下防止と映えるディスプレイの両立・・・なんて考えたら、もうきりがないのだけれど。
しかし、ガラスの映える家具は現状、特に存在していないので、一度きっちり詰めてみるのも悪くない気がする。

後は主なものを。

ガラスのランプ。磨くとウィル・スミスに似た魔神が、「良いディギングしてる?」と聞いてくる。
先日動画で説明した、茶筋の綺麗な瓶。当時はどんな受け止め方をされたかな?
四角いインク瓶。柔らかなアクア色だねぇ。
これは醤油さし。10か月かかって綺麗になった。

こうしてみると、やっぱり洗浄を進めていくのも大事だね。・・・と、家の周囲の洗浄待ちを眺める。

では、また!

ハケと瓶はどこにある?

今日は、誰もが疑問に思っている、『ハケや瓶はどこにあるの?』という話。

分かりやすいものはこんな感じ。

1.海からのアプローチ

比較的感覚を掴みやすいのは、「幾つか昔のガラスを拾ってみる事」かな。では、これはどこなら可能だろうか?海辺なら、最初は実績の上がっているビーチをネットで調べるか、自分で歩いてみるのが一番いいかもしれない。
何度か通っていると、昔のガラスを欠片から拾えるようになり、少しずつ完品に近づいて行って、やがてはガラスの気配が濃い場所も分かるようになってくるよ。

2.山でのアプローチ

動画でも話したけれど、首都圏でなければ可能性は大いにある。何しろ、30~40年前までは、ガラスや瀬戸物のゴミの処理は各家庭に放任され、自治体は回収していなかったから、裏山や竹林に捨てて埋めることが大半で、誰かの記憶をたどってそんな場所を掘ってみると、思わぬお宝が沢山出てくる可能性がある。自分の実家なり、または友達や親戚に話して、そんな場所を掘ってみるといいかもしれない。
旧家と縁のある方は、古い納屋や土蔵を探ってみるのもいいかもしれないね。

3.川や干潟でのアプローチ

リバーコーミングと言われる、浅い川を調べてみる方法や、大きめの街から遠浅の干潟が広がっているような場所もねらい目。タイムカプセルのように、古い瓶が眠り続けている事が多い。特に、台風が去った後などはねらい目かも。

ハケの特徴として・・・

これは私が実際に一緒に掘る人、ハケを探す人に話しているコツの一つなのだけれど、ハケは本来「ゴミ捨て場」だったことを念頭に置いて考えることが大事。
例えば、ハケを探しに古い集落に来たとして、まず、『自分がその土地の所有者だったら、どこにゴミを埋めるか?』を想像してみるといいかもしれない。
私が動画で言っている『怪しい場所』とは、これに該当し、かつ、ぽつぽつと近くに古いガラスが落ちているような場所の事。
動画にしている『ガレ場のハケ』も、そのような蓄積とアプローチで試掘に至った場所。
実際に掘ってあんな結果になったのは驚きだけれど、これだけ良い結果になったのは、想像や証拠の積み重ねがそこそこ合っていた、という事になるからだと思う。
そして、自分なりの方法論が確立していけば、その頃にはもう何度か良いガラスを掘り出しているはず。
最初は『本当にガラスなんて埋まってるの?』と思うかもしれないが、見えないだけでそれは至る所にある。まずは積み重ね。きっと、あなたにしか掘り出せないガラスがあるはずで、そのガラスは今もどこかでひっそりとその日を待っているはず。
良きディギングを!

では、また。

古いガラスの記憶#11 マツ染料の瓶(小瓶含む)

マツ染料。染料瓶では名の知られた人気の瓶だが・・・

今回は「マツ染料」の瓶について。画像の通り松の木のエンボスと「料染ツマ」のエンボスが印象的で人気のこの瓶なのだが、実はあまり知られていない情報がある。

まず、これがみんな大好き、マツ染料

さてと、上掲の画像ををよく見たうえで、次の画像を見て欲しい。

おわかりいただけただろうか?

ここで、ある程度古い瓶に詳しい人は、「あれっ?」ってなるはず。

掘り出した後に検索して分かった事実だけれど、なんと、マツ染料にはほとんど現存していない小瓶が存在していたのだ。以下、比較画像。

ガラスの色の違いは個体差が大きいので除外するとして、微妙な大きさの小瓶だ。

内容量は通常の瓶の半分より多く、正直、微妙なサイズの気がする。

斜め上方より。

おそらく昔の人の感覚でも、この大きさであれば「大は小を兼ねる」に行き当たると思う。私もそうする。そのせいか、この「マツ染料」の小瓶は、ネットでも画像がほとんど無いレアな物となってしまっている。
掘り出した時は「おお、マツ染料だ!」と思ったものの、どうも何かが自分の記憶しているマツ染料と違う。で、比べてみたら明らかに大きさが違い、色々と調べてみたらほとんど画像の無い珍しいもののようだ。
理由はやっぱり、サイズが微妙だったせいとしか思えない。
しかし、瓶のコレクターとしては話が違ってくる。そういう物こそ価値があり、欲しくなり、眺めてみたくなるわけで、小瓶だと確定した時はとても嬉しかったものだ。いやむしろ、マツ染料に小瓶があった事実にびっくりしたほうが割合は大きかったけれども。

通常サイズのエンボス。
小瓶のエンボス。

なかなか精密なマツ染料のエンボスだが、小瓶の方はだいぶ簡略化されている気がする。しかし、それでもトレードマークはきっちりエンボスされているため、むしろその部分に可愛らしささえ感じる。
こうして、意識もしていなかった数少ない瓶の一つがまた手元に来て、マツ染料は無事に揃う事となった(と思う)。瓶の世界の奥深さと自分の知識不足を感じる出来事でもあったが、揃ってしまえば全てよし、である。

おまけ

小瓶は相当銀化が進んでいる。

では、また!

古いガラスの記憶#10 無名の佃煮瓶

口の部分は手作業?今回はこの瓶について。

以前、この動画の中でも紹介しましたけれど・・・

現在持っている佃煮瓶の中で、一番気に入っている瓶について。

滑らかでありながらしわが見え、ワンポイントのような気泡に、斜めの口部分と、実に表情豊か。

少し楕円めいた佃煮瓶から、円筒形のもの、「今日もまた」みたいなエンボス入りのものと、佃煮瓶には本当に様々な種類があるのだけれど、今のところ一番気に入っているのはこの佃煮瓶である。
ではなぜ気に入っているのか?
実は「気に入っている理由が分からないから」気に入っているのだ。人は死ぬその瞬間まで、結局のところ自分がどんな人間かわからず、また、ある程度の歳を生きてこないと、「自分はこういう人間である」と、一言で表現するのは意外と難しい事で、この瓶は私の中にある「まだ言葉にできないけど魅力を感じる何か」を形にしてくれているものの一つ、としか言いようがない。
最大公約数的に言えば「とても個性的」になってしまうが、この表現ではとても寂しい。なので、ちょっと長くなるがこの瓶に感じる魅力を並べてみると・・・。

斜め上より。平らでなく斜めになった口が良く分かる。今なら不良品だろう。

深いグリーンに、当時の技術がまだ未熟であったため、強度を出す為に分厚いガラスで、ガラスの瓶と塊の中間のような重厚さがある(実際重い)。
滑らかな表面だが、光に透かすとガラスのしわが浮かび、降り始めた夕立の時間を止めたような大粒の気泡がぽつりぽつり。または、海から浮かぶ泡か?
斜めになった口は現在なら商品になりようもないレベルで弾かれるだろうに、そうではなかった大らかさ。
そして、栓を覆う紙か布を縛ったであろうくびれと、その下の豊かなふくらみ、そこからシュッと落ちる絞りで立ち姿は凜とさえしている。
茶入れを感じるデザインでさえある。

・・・ね?長すぎるでしょ?きっとこんな時の為に「百聞は一見に如かず」という諺があるんだなぁと、改めて感心したりね。
で、この瓶自体は、「まあいいじゃん、ただの佃煮瓶だったんだ。飾りたいなら飾っとけよ」くらいの、これまた多くを語らない瓶だと思う。

光にかざすと、また新たな魅力に気付く。奥深い。

いつか、この瓶の良さを一言で表現できるようになればいいなぁとしばしば思う。その頃には「コバルト」ではなく「古い佃煮瓶」と名乗っているかもしれない。それはそれで面白そうだけれども。
何か新しい知識や気付く事、自分の成長を実感できることがあっても、ふと、棚にある色濃いこの瓶を見ると、やはり言葉が浮かばず、「ああ、まだまだだなぁ」と思わせてくれる。そんな魅力のある瓶なのです。

では、また!

ボトルディギングで気を付けている事

何気なく動画を投稿したら大変な話題になりつつあるようで、さてそうなると気をつけなくてはならないのが、必ず問題を起こす人が出てくる点。なので、一番最初に「何をしてはいけないか?」「何をすべきか?」あくまでも私が気を付けている事をですが、書いておこうと思います。

不法侵入、ダメ、絶対!

当たり前だけど、勝手に人様の土地に入るのは本来不法侵入ですし、例えば廃屋の内部に入って何か物色して持ってくるのは泥棒と変わりありません。なので、建造物内への侵入はダメに決まってますし、敷地への不法侵入も同じくダメです。完全に山野と一体化した荒れ果てた土地で、どこまでが敷地なのか全くわからない、といった状態でグレーでしょうか。
なので、私の場合は地権者を探してコンタクトを取りますし、地権者の手掛かりが全くない時は、その地域の区長さんに挨拶したり、近隣を一通り回ります。これができなければ通報されたら言い逃れも何もできませんし、掘っている本人も落ち着かないでしょう。
ハケを見つけたら、まずそれが私有地なのか公共の場所なのかを確認し、私有地なら必ず誰かに許可を取る前提で話を進め、無理なら潔く諦めるべきでしょう。

基本的には「ゴミの片付け」だよ?

そして、これも私のやり方ですが、「ゴミを拾う、草を刈る、片付ける」などの作業を必ずセットで行うようにしています。基本的には「ゴミの片付けしながら好きなものは持ち帰る」というスタンスが一番良いからです。
これは私がいつも心がけている事ですが、ガラスの破片や燃えるごみを、最初に袋詰めして、それから作業するようにしています。そして、長期的に管理できる場所ならともかく、そうでないなら毎回ゴミはきっちりと持って帰り、処分に出すと良いでしょう。実はこれ、きっちりやると良いものが出てきやすくなるという不思議な効果もあります。きっと瓶の神様に気に入られる行動だからだと思うのですが、マナーを守っていれば初見の人でも邪険にしないでしょうし、印象も全く違います。片付けや掃除をきっちり行っていれば、新しいハケを教えてもらえることだってあります。「掘る前より綺麗に」を心がけましょう。

危ない場所には近づかない・入らない

足場の不安定な場所、落ちそうな場所はまず論外です。そもそも掘れません。海の近くであれば溺れそうな場所、クラゲやエイなどにも注意しましょう。
山は夏場は下見程度にして、冬に掘った方が良いです。夏場はダニ、マムシ、スズメバチ、熊、ムカデにヒルに様々な虫など、とにかく不快で危ないですし、下草も多くて見落としやすいため、ろくなことが無いからです。そして、出来る限り単独行動はしない方が良いでしょう。
また、人里離れた場所は、時に危険な人間がいる可能性もあるので、不審な車両などには気をつけましょう。密漁者や不法投棄者に出くわすこともあり得ますからね。

お金の話をしない

しばしばディギング中に、「それは幾らの価値があるのか?」と聞かれた場合の事です。ここで具体的な金額の話などをしてしまうと「売るために掘る=いかがわしい人」とイメージを持たれることが多いため、ディギングを断られたりするケースも出るでしょう(実際は不確定要素も多く重労働なので、仕事としてはお話になりませんけれども)。「好きな人はすごい値段をつける物もあるけど、基本的にはゴミ。でも自分は飾りたい。資料のない瓶を探したい・調べたい」といった明確な説明ができるようにしておくといいかもしれません。

趣味に別の価値観を持ち込まない

これはどういうことかと言うと、「金額でいくらのものか?」とか「レア度にこだわり過ぎる」的な価値観はろくなことにならないよ?という事です。無粋ですし、それらは趣味とは相性の悪い考え方です。金額より、自分の心で価値を決め、表面的なレア度より、何が好きか?を尊重し合った方が有益だという事です。中途半端なオジサンに多いのですが、「これは値段が高いから価値がある」とか、「レアな物を持っているからオレ様すごい」みたいな価値観は、ぶっちゃけかっこ悪いですし、そういうのは仕事や資格の勉強でやって、どうぞ!という話になります。小さな子供が拾ってきた貝殻やドングリを「いい宝物拾ったね!」と言ってやれる価値観(実際、同じだと思ってます)、互いの「好き」を尊重できる価値観が、一番趣味の有益な所だと思うからです。

挨拶ははっきり丁寧に

瓶を掘ったりあちこち調査している人なんて、はた目にはそれなりに不審人物に見えることがあります。なので、誰かと会ったらとにかくちゃんと挨拶をすることが大事です。夢中になっているとついつい忘れてしまいますが、周りの人々はちゃんとその人の「人となり」を見ています。「不快だ」と思ったら、誰だってその人を遠ざけたくなるに決まっています。少なくとも「変わり者だけど悪い人じゃないんだろう」と思われる程度には、挨拶等きっちりするべきだと思っています。

誰もいない場所は存在しない。マナーを大事に

山の奥や、誰もいない海辺。実は、気付かないだけでしばしば見られています。特に海辺は、年配の漁師さんやおばちゃんなどが、密漁者かそうでないか?といった視点からもこっそり見ていますし、山奥は地主さんや養蜂家さんやハンターが巡回しています。皆さん、不法投棄や侵入者にちゃんと目を光らせているのです。
以前、あるハケで、「マナー大事」とか言いながら実は毎回ほぼ掘りっぱなしにしていたディガーが地元の方にものすごく怒られた事があったり、同じ場所でもきっちり片付けていた人は「今日も良いものが出るといいね!」と世間話をまじえてニコニコと対応されたりと、「嘘が通じない世界」なのだと感心した事があります。人や動物の気配に割と敏感な私でさえ「前から見ていたけど、ちゃんと片付けているんだねぇ。そこまでして何を探しているの?」といきなり話しかけられ、とても驚いたことがあります。
なので、自分の行動にマナーを織り込んでしまった方が全てにおいて有益ですし、良い物もなぜか出やすくなってきます。

場所の情報の取り扱いに注意!

今はネット全盛の時代ですが、だからこそ注意しなくてはなりません。場所の情報が洩れると場が荒れるだけでなく、その地域の人々にも大きな迷惑をかける結果となります。まず、出せる情報はせいぜい県くらいまでですが、それも避けた方が無難です。
ネットではしばしば場所について鎌をかけてきたり、具体的な地名を挙げてきたり、「許可は取ったのですか?」みたいな質問がなされることがあります。これらは全て「リアクションの取りようがない」と答えるか、スルーするしか無さそうです。許可について具体的に答えると、「そこが私有地か否か、海か山か川か?」が絞れてしまう危険をはらんでいるからです。
さらに、海に近い採取場所の場合は特に気を使った方がいいでしょう。海岸線という言葉があるように、海岸は広大に見えて線に過ぎず、辿ればいずれ目的地が見つかりますし、釣り、地質、植生、地形クラスタの人などは、一枚の写真の岩の質や植物、太陽と背後の陸地の角度とかで容易に場所を割り出してしまいます。これらの情報に丁寧に「何々県の何々地域です」みたいな情報を発信するのはとても危険な事です。この辺りが分からないと、ネットで無防備に地域を絞り込める情報を発してしまい、他の人にハケを見つけられて掘られてしまう、人がたくさん来て出入り禁止にされてしまうなど、マイナス要因にしかなりません。

・・・と、ざっとこんなところでしょうか。これらはあくまで「私が気にして実行している事」ですが、参考になれば幸いです。
いかなるコンテンツや趣味も、マナーが無ければただの無法・違法行為として忌避されてしまいます。そうならないように、長く楽しみたいものですね。

では、また。

古いガラスの記憶#9 コバルトブルーの瓶

一番の推し瓶にして、アイコンやら名前やらにも使っている「コバルト」色の瓶について。

光に関わると、コバルトの瓶は何とも言えない青い光を跳ね返すことがある。

コバルト・・・色であり元素であり、漢字で書くと 「鈷」 である。元素で言うなら原始番号は27。その語源は、ファンタジーにしばしば出てくる妖精「コボルト」であり、かつて精錬できなかったこの金属は、妖精コボルトが人間を困らせるために魔法をかけた、使い物にならない金属だったとされるところかららしい。

そんなコバルトをケイ酸コバルトとしてガラスに用いると、このよう魅惑的な「コバルトブルー」が発色する。有毒なケイ酸コバルトを用いてまで作った瓶の目的は、内容物(主に高価な薬品)の日光からの保護であり、安価な茶色の瓶ではなくコバルトガラスを用いた点には、見ただけでそれが高級なもので、かつ取り扱いに注意を要するというわかりやすい喚起の目的があったと思われる。

今ではほとんど見られないコバルトガラスは、時の流れを無視した存在感を持っている。

そう、コバルトブルーとは、抗しがたい魅力の色であると同時に、注意喚起の色であり、また猛毒を扱う手間をかけたからこそ現れる、まこと奥深い色なのだ。人もまた、経験を積んで歳を取っていけばかくありたい、という私の理想の人物像に近いものを感じる。すなわち、ぱっと見魅力がある。しかし簡単には見通せない深さがあり、苦楽織り交ぜた経験により必要なだけの毒もある・・・と。

最大限光を通して撮影しても、静かな深いブルーが佇むだけ。

古いガラスを探す上で、良いハケの例えなどにも使われる「ニッキ、ペロペロ、金平糖」だが、私はこれにコバルトガラスをひっそり付け加えている。私のTwitterのアカウントなどはcobalt_hunterであり、本来はコバルト色のガラスを第一目標として、いつもガラスを探したり掘っているのだ。 ・・・まあ、なかなか希少で滅多に出てこないのだけれど。

太陽に透かすと、そこにあるのは別の世界の入り口だ。光さす異世界である。

動画を撮りながらハケを掘っていると、毎度何がしかの希少なガラスと出会える。それはそれでとても嬉しいのだけれど、コバルトブルーのガラスに出会える事は滅多になく、「さて、コバルトのガラスはどこだろうね?」という微妙な蓄積が心に積もり、探索の日々は長く続いていく事が多い。
その一方で、帰ってきてから机に置いてあるこの瓶を見やると、「まあ、こんなもんでいいか」と、妙に納得した気持になれる。

そんな説得力のある、実に奥深い色をした瓶なのだ。

では、また。

当ブログの暗号化完了しました。移転の真相とブログの今後の話。

「ここはとても安全な場所。だって、誰もいないからね・・・」

すいません、ブログの暗号化が初期の理解ミスで後回しになってしまいました。リダイレクトしても動画に貼ってあるリンクを押しても、httpsから始まるアドレスになっていると思います。SSLの導入完了しましたので、よりご安全に当ブログの記事を楽しめます。

さてと、以前のライブドアブログでの「コバルトブルー・プライマル」の更新が滞り、こちらのブログではほぼ毎日更新している理由なのですが、実はブログが今後世界的に縮小していくのを知っていたため、あのままどこかの会社のブログサービスを利用していい物か、さりとてわざわざレンタルサーバーを借りてWordPressを少し勉強してブログを運営していくだけの需要があるのか?しばらく悩んでいたのが正直なところです。

で、InstagramでもYouTubeでも、ボトルディギング及び古き良きガラスに一定の需要があると手ごたえをつかんだので、データベース+癒し+マネタイズの需要が私の中での一定のラインを超えたために、レンタルサーバー+WordPressという形式でしっかり運営していく事に決めたのでした。

折しもあるプラウザゲームが大規模イベント中でしたが、今回完全にスルーしていたのは、動画関連の充実と、レンタルサーバー借りてWordPressにプラグインを色々と取り込んで使えるものにして・・・なんて事を勉強しながら進めていたからなのです。リソースは限られていますからね。

で、ブログは今後どうなるんです?

ごく一部のブログサービスを残して、今後はサービス終了が相次いでいきます。現在のそう多くないボトルディギングや古いガラスの良きブログも、そういった時代の大波を受け、消えてしまうブログも出てくるかもしれません。

なぜこんな事になったかというと・・・最初にYouTubeの話をしなくてはならないのですが、かつては何の制限もなく収益化されていたYouTube、ある時からチャンネル登録1000人と再生4000時間のクリアが提示されてしまいましたよね?これは、「コンテンツ力があって、かつ広告収入欲しいのなら、それくらいのハードル超えられるやろ?」というYouTubeからのメッセージでしたが、では何でこんなハードルが急に提示されたのでしょうか?答えは簡単。「YouTubeで稼ぐ方法」みたいなどうしようもない情報商材が氾濫し、結果としてゴミのような動画が大量に溢れてしまったためです。

ここまで読んだ勘のいい方は気づいたかもしれませんね。そうです。同じ変化がブログにも起き始めているのです。今年の春から、Googleはブログアフィリエイトがブログの内容とどれくらい関係があるか細かくチェックし、関係のないブログは関連ワードで検索しても弾かれやすくなったのです。ブログアフィリエイト関係者の言う「ブログはオワコン」の根拠ですね。この辺りは細かな理由が沢山あるのですが、このブログはそんな面倒な事を書く場ではないので、ざっくりと大局をまとめてしまうと、「ブログで稼げる」とか、「ブログで月収〇〇万!」みたいな人々が大量に現れたせいで、ゴミのようなブログと記事がまたしても大量生産され、「限りあるパイ」である広告費が分散してしまい、誰にとっても得ではない状況が発生していたわけです。で、Googleはこういう考えになりました。

「広告収入が欲しくて、かつ何か発信できるクリエイターなら、WordPressくらい勉強してブログで発信できるよねぇ?今までのブログにはもうそんなに広告料あげないよ?(ニッコリ)」

こうして、専門性や記事数、閲覧数に特別なものが無いブログの割合が多い会社から、ブログサービスを縮小していく流れに入りつつある、ということです。お金しか考えていない人々のせいで、貴重な文化やデータベースが消えていく・・・迷惑な話です。

もちろん、全てのブログサービスが無くなるとは現状では考えづらいですし、移転を続ける、という手もあるのでしょうが、少なくとも私は冗長性と多少のマネタイズを考えると、この形式がベストかなと思い、そしてやるならほぼ毎日更新するくらいで、という考えに至ったわけです。今後ブログを続けていく考えがある方にとっては、何かを考える材料になる・・・たまにはそんな記事も良いかなと思いました。

では、また。

古いガラスの記憶#8 「今日もまた」 佃煮瓶

書籍「日本のレトロびん」の裏表紙と、1ページを丸々使って紹介されているユニークなネーミングの瓶。「今日もまた」について。

こんな状態で落ちていた。驚いたなんてもんじゃない。「なんだこれ?」である。

海苔佃煮瓶だったのか、普通の佃煮瓶だったのか?詳しい事はまだわからない。この瓶を拾った日は海で初めて浮き球を拾ったのだが、その日の夕方にはその浮き球を割ってしまったのだ。そして、翌日からまた浮き球を探す事にしたのである。まさに「今日もまた」だ。

ガラス中に不純物が多く、この場所ではエンボスが見えづらい。

そんな痛恨の経験もあったせいか、ユニークなネーミングと言われるこの瓶の名前が、私にはなかなか考え抜かれたもののように思える。何があろうと、変わりなく「今日もまた」一日が始まり、過ぎていく。それはとても幸せな事と言えなくもないからだ。

見えづらいが、「いづみ」というエンボスも下部にあり、遠目には「今日もまたっ」とも見える。
斜め上から

そしておそらく、様々な家庭の変わりなく過ぎていく健全な日々のお供に、この「今日もまた」は存在しており、かつ、「今日もまた」食べてもらえるようにというダブルミーニングだったのかもしれない。

私は言葉も扱う人間だから、このユニークに見える名前が結構好きだったりする。そして、長い年月や幾多の嵐を超えて私に拾われたこの瓶は、私を笑わせ、元気づけ、瓶探しに行く私の部屋にちょこんと飾られているのである。

そう、「今日もまた」ね。

古いガラスの記憶#7 東京駒宮商会 八角神薬

私はあまり神薬へのこだわりは無いのだけれど、それでもこれは手にしてとても嬉しかったし、いつもデスク際に飾っているくらいには好きな瓶だ。きっちりとした書体に深いコバルトブルー、コルク栓使用でありながらエッジの立った八角形。そして、自分のハケ読みで掘り出せた事もあり、とても思い入れのある瓶なのです。

深いコバルトブルーは、不思議な青い光を出しているようにも見える。

この瓶は、現在の自分のスタイル・・・「ハケの全容を把握していく掘り」での発掘品。時間が限られているタイプのディガーはどうしてもハケの豊かな棚を追う癖があり、一部の著名なディガーの方々のように、「ハケを全て掘りつくす前提での掘り」をしない傾向があるが、それは大変な損なのだ。

というのは、「ハケの際」には無傷の良い瓶や大瓶が転がり、その上から土をかぶせられることがままあるため、ハケの際や端ではない部分から良い棚を追っていくと、数多い出土品に目が行って、このようなお宝を逃してしまう事がしばしば起きてしまうのだ。

そして、この神薬はしばらく何もない所を延々と掘り続け、やっと到達したハケの際からポロっと転がり出てきた。推測と努力が報われた瞬間である。さらに言うなら、この八角神薬はおそらくわざわざ東京で買い求められたものなのだ。ハケ自体が配置薬ハケではなく、通常の神薬も無ければ、その他の配置薬もほぼ無いハケであり、そして東京駒宮商会のエンボス。当時の誰かが上京してわざわざ買い求め、そして捨てた、おそらくただ一つの神薬を拾えたという事になる。

品と威厳と深み・・・。

この神薬はボトルディガーとしての自分の道しるべであると同時に、大事なベンチマークにもなっている。当時、「一番最初に手にした神薬がよりによって八角神薬かい!」と驚愕したものだが、この瓶がディガーとしての私の背中を押したり、趣味とは少しずれた価値観を持つ人々(要するに人気の古ガラスのレア度とかでマウント取ろうとする残念な人々)に対してのお守りのような効果を発揮したりと、さすがに「神薬だなぁ」と感心する事になった。

コバルト色のお気に入りの瓶と並んで、どこか瓶神様の意志を感じる瓶である。神薬、特に八角神薬は、何かが宿りやすいのかもしれない。

「駒宮商会」のエンボスは、神薬のエンボスの真後ろではなく、ややズレた面にエンボスされている。

実際、ネットで多くの先達やディガーの方々を見ていると、どうも八角新薬は瓶神様の免許か何かのようで、手にしている人々は発掘品も一味違うイメージだ。私もなんだか妙に珍しい瓶を手にさせていただいており、デスク際にちょこんと坐するこの瓶を見ると、小さなお社かお札でも見ているような、そんな気になる瓶である。

果たして、次の八角神薬はいつ来るだろうか?