古いガラスの記憶#19 丸薬または「み号剤」の瓶

今回はこれ。気泡がすごいというより、気泡で出来ていると言った感じ。

表裏、あまり変わらないのだけれども。

アクア色のガラスに、限界まで気泡を含ませたらどうなるのか?おそらくこの瓶は、その答えの一つ。丸薬の瓶か、「み号剤」の瓶。
「み号剤」とは、かつての日本軍のパイロット、特に夜間哨戒や夜間迎撃の任務に就くパイロットに支給された、夜間視力増幅剤の事。
この極端に多い気泡を見ると、「それでも瓶が必要だった」事情が考えられ、ほとんどの瓶が陶製に変わっていた頃でもあえてガラスを用いるあたりに、民間ではない力を感じる。
もしも「み号剤」だったとしたら、過去に夜間の哨戒や迎撃任務に就くパイロットが、この瓶の薬を飲んで、夜の空に出撃していたかもしれないのだ。
ただ、今やそれを確認する方法は無いのだけれども。

空に透かして見る。
逆光に透かすと、水中から見る泡のようだ。

当時なら、本来の要求される材質や強度からは程遠いはずのこの瓶は、長い時間を経て掘り出された今となっては、見る者に涼しさを感じさせてくれる、美しくて魅力的なガラス瓶の一つであり、夏本番の暑さの中にあって、「そうだ、あの瓶の画像なら涼しい気持ちになれるかもしれない!」と思うような、特別な魅力を持つ瓶と化してしまっている。平和とは良いものだな、と、こんな時に思うのは、ちょっと斜めな価値観だろうか?

太陽に透かす。

故郷の震災で失われた海は、鳴き砂でありながら泳げる、稀有な砂浜だった。息を止めて水底から見上げる海面と泡はまさにこんな感じで、盛夏でも冷たいあの海を思い出す。うん、とても涼しくなれる。

逆光をより強めに。

昔であれば夜間の視力を良くする用途、今であれば心を涼しくしてくれるこの瓶は、いつも机の上のお気に入りスペースに置いてある逸品の一つであり、示唆に富んだ涼やかな落ち着きをもたらしてくれる。
そんな瓶なのだ。

では、また!

ボトルディギングの用語集

ボトルディギング界隈でよく出てくる言葉を私なりに説明します。今後も追加したり、加筆・修正する可能性があります。

ハケ

ガラスが埋まっているとされる場所。多くは、昔のゴミ捨て場。かつての日本ではガラス、陶器系のゴミの処理は各家庭に放任されていたために、どこかに捨てて隠すような処理をしていた。それから長い年月が流れ、魅力を再発見された古いガラスを探すボトルディガーにとっては、ハケは宝の埋められた場所と同義である。これを見つけるのがボトルディギングと言ってもいい。
ちなみに英語ではBottle Dump(ボトルダンプ)。 Dumpとは「ぶちまける、うち捨てる、放りっぱなし」などの意味があり、瓶捨て場とでも訳せばいいだろうか。

気泡

ガラス精製時に交じった不純物から発生したガスが、ガラス内に固定されたもの。星によく例えられるし、雨に例えられることもある。かつての技術の低さを象徴するものが、現在では古いガラスの魅力を語る上で欠かせないものになっている。実際、なぜかとても豊かな表情をガラスに加えてくれる、古いガラスの魅力の重要な因子の一つ。

茶筋、マーブル、筋

ガラスを精製する際に混ぜられた別のガラスカレット(ガラスのかけら、材料)の色が抜けきれずに現れたもの。大理石の表情に似ている事からマーブルと言う人もいる。茶色であることが多いから茶筋か?実際には様々な色があるらしく、私はそんな時は「筋」と呼んだりしている。

ボトルディギング時において、ガラスが集中して埋まっている(ように感じられる)層の事。「良い棚に当たった」「この棚には目薬が無い」「この棚はニッキ水だけだ」などと用いる。

導入

ハケを探している場合は、ハケの存在を示唆するような、古いガラスが落ちている状態を指す。パピリオが落ちているとか、ニッキ水のかけらが落ちている、機械栓の口が落ちているなどは、分かりやすい導入と言える。

ディギング中の場合は、何も無かった土中にガラス片や陶器片が多くなってくると、棚が近い事を示す場合が多く、掘る方向の目安になる。「導入を見つけて追うと良いですよ!」

エンボス

文字や絵などが浮き出されるような加工の事。陽刻。接着剤や印刷の技術が現代ほど発達していなかった昔は、瓶の内容物の情報の表示や装飾に、エンボスが最も冗長性が高いと判断されて用いられたと思われる。旧字体や独特の絵柄、現在では使われない言葉などが、当時のガラスの製作技術と相まって、何とも言えない古い瓶の魅力の一を醸し出している。逆の場合はデボスとの事。

チル

金型の型肌が焼け馴染む前に冷えて残ったもの。鎚目のように美しく、光を乱反射する。古いガラスの表情ではかなり少ないもの。例えば同じ糊瓶でも表情が全く異なる。見つけたら大事にするといいかも。

おまけ。

まるで水のような質感を持つ、チルあり糊瓶。

古いガラスの記憶#4 雨の水飴瓶

掘り出し時に「こんな大きいものが完品で埋まっているわけがない」という、未熟な頃の固定観念で口を傷つけてしまったこの大瓶、どうやらかつての水飴の瓶だったようです。

気泡がすごい。時間の止まった大雨のようだ。

雨のような気泡の降り注ぐこの大瓶は、ふと眺めれば真夏の暑い日さえ、心に一瞬の驟雨(しゅうう=にわか雨)を呼び起こし、どこか心を涼やかに落ち着いたものにしてくれます。

正面より。雨が降り注いでいる。
斜めより。気泡の多いこの時代にもかかわらず、足の部分も空洞になっている繊細な造りをしている。

基本的に、完品でなければ飾らない考えの私は、それでも何か強く惹きつけられる魅力をこの瓶に感じており、気がつけば「保留のものを置いておくテーブル」にずっと安置したままになっているのでした。
そして、しばしば手に取って眺めたり、青空に透かして気泡の雨を想像したりと、ついついしてしまう。そんな魅力的な瓶なのです。